Review [Index]
『ムトゥ 踊るマハラジャ』("MUTHU")[映画]
一体何が、これほどまでに強烈なインドの娯楽映画とハリウッドの娯楽映画を 分かつのだろうか。民族性?歴史?政治経済的背景? ─ たぶん、その全部だろう。 年間700〜800本が製作される世界一の映画大国では、20以上の言語で映画が作られる。 そしてインドは、ハリウッド映画の人気が低い珍しい国でもある。 アクション、ロマンス、そして歌に踊りとごった煮的に詰め込まれた「マサラ映画」 と呼ばれる娯楽映画は、平均 2時間40分というヘビー級だ。

大地主 Raja の使用人 Muthu が舞台小屋の女優 Ranga と出会い、恋に落ちるが、 Raja が Ranga を気に入ってしまったり、財産をめぐる陰謀が働いたりと 一筋縄では行かない。そして頼れるナイスガイ Muthu が大暴れと、 物語は信じられないくらい単純である。いや、物語が単純だからこそ エンターテイメントとしての質がはっきりする。この『ムトゥ』は、最高だ。

香港映画を彷彿させるアクションは、これ以上不可能と思われるほど派手だ。 例えば殴られた悪役。3回転も4回転ももんどりうって倒れ込む。 あるいは叩き付けられた壁は崩壊し、何人もがガラスをつき破って2階から落ちる。 中盤の馬車によるチェイスも見たことのない規模だ。『ベン・ハー』の それと比べると馬車の数が異常に多いし、羊や牛まで巻き込んでしまう。それに結末が おそろしく荒唐無稽だ。ここまでやってくれるとバカバカしさが極まっている。 はっきり言ってやりすぎだ。

人物の登場なども過剰に演出されている。なんというか、リアリズムなんてここでは なんの意味も持っていないようだ。

そしてめくるめくダンスがなんといっても素晴らしい。 マイケル・ジャクソンはインド映画にハマッていろいろ採り入れたらしく、 MTV 的な映像世界が繰り広げられる。もちろんダンスはインドの古典舞踊と融合して、 この上なく幻想的でエロティックでスキャンダラス、しかもノリノリである。 豪華絢爛悶絶きらびやか、最も大きなダンスシーンでは6回も衣装とセットが変わる。 衣装だってなにしろインドである。極彩色かつ複雑なフォルム、そして 体じゅうに飾られたアクセサリーの輝きが、めまいを催させる。 そう、過剰と密度とがそれ以上の何かを生み出しているのだ。

俳優たちもとても魅力的だ。主役の Rajinikanth は145本に及ぶ出演作を誇り、 20年間ヒット作を出し続けているメガ・スター。オープニングで一人だけ "SUPER STAR" の文字とともにドーンと名前が出るほどだ。にしきのあきらと違って本物である。 彼は実にいい味を出していて、なんともいえない表情で思いきり笑わせてくれる。 ヒロイン役の Meena は美人の宝庫インドのトップスターだけあって、 魅惑的な肉体と踊りとで魅了する。しかも彼女は 4か国語を自在に操る才女。

私は現在、タミル語映画を中心に、テルグ語、マラヤーラム語など、南インドを中心に 年間7、8本の映画に出演しています。今後はぜひヒンディー語映画にも出演したい と思っています。
(CINEMA RISEのパンフレットより)
なんてさらりと言ってのける21歳の女優が、日本にはいるだろうか?彼女もまた 90本以上にこれまで出演している。

ストーリーや設定は、もし政治的な眼で見たなら噴飯ものといえる部分もある。 けれども、この映画はそんな頭の中身を完璧にうちのめす楽しさを持っている。 まさに眼で見る極楽浄土、圧倒的な迫力の祝祭、エンターテイメントの極限だ。 これを見た後では、最新のCG映像を駆使したスペクタクルなんて、まったくチープだ。

そう、映画というより祭といった方がぴったりくるのだ。映画館の場内に 拍手が巻き起こったなんて、僕は何年ぶりに見ただろう。他の観客たちとの 一体感が確かにあった。サウンドトラックがときおり妙に薄くなるのだが、 そこは歓声や拍手が入ることを前提としているようだ。 拍手喝采し、腹を抱えて大声で笑うことで、映画の楽しみは何倍にもなる。

もう一度問う。何がハリウッドの娯楽映画と違うのか。 陳腐な言い方が許されるなら、それは「生きる喜び」に溢れている ということではないだろうか。楽しもうという理不尽なまでの欲望。 ビジネスを越えた何か、宗教的ともいえる高まりが、この映画には充満している。 快楽のノウハウを、彼らは熟知しているようだ。


Murata Ryoji - <ryoji@cc.rim.or.jp>
$Date: 1998/08/29$