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谷口文保展 @ ギャラリーNWハウス [美術展]

去年の 5月以来の個展。彼は僕の大学時代の一つ先輩だ。 現在は神戸芸術工科大学の助手をやっている。大学を卒業してから、 定期的に都内のギャラリーで作品を発表している。

学生時代から一貫した谷口の作品は、ニンジンがトレードマークだ。 新鮮なニンジンに石膏をかけて型を取り、それを外さずに放置する。 するとやがてニンジンが乾燥・腐敗して石膏の型とのあいだに隙間ができる。 腐敗のプロセスをその隙間によって視覚化する仕事だ。 ニンジンだけではなく、他の野菜も使われるのだが、本人もニンジンに もっともよく馴染んでいるらしく、周囲もニンジンといえば谷口、 谷口といえばニンジンと思っている。

さて今回の個展では、ガラスの積層にドローイングをしたものと、 水栽培をした作品とが展示されている。 ガラスにドローイングしたものでは、従来通り型どりした野菜の上にガラスをおいて、 その輪郭をなぞっている。毎日一枚ずつガラスを重ね、徐々に縮んでいく野菜の 様子を記録している。しかし、ガラスの透明度は完全ではないので、やがて 野菜そのものはほとんど見えなくなり、記録よりも谷口自身のドローイングへと 変容していく。

もう一方の作品では、ニンジンの上部を切り取って、下側を石膏で型取りし、 上側は水栽培をしている。外側は石膏をかけた時に自然にできる円錐に近い 有機的な形をしていて、これが下向きになっている。その中ではニンジンが 乾燥していて、例の隙間が見える。そして石膏をかけた時に接地面だった 平らな面が上を向く格好になっており、そこにガラスのシャーレが埋め込まれ、 ニンジンの上側が栽培されている。ニンジン本体のオレンジ色、芽を出した部分の 緑、石膏の白といういろどりが鮮やかだ。 谷口の作品はこれまで、腐敗した野菜をそのままに近い形で提示していたため ややグロテスクな趣があったが、今回のこの作品には 一輪差しのようなさわやかさがある。その軽やかさといいニンジンの芽のかよわさと いい、これまでの作品とはうって変わってかわいらしい。 生長と腐敗のミニチュアといったところか。

いずれの作品も、今までと違って谷口自身が「見る」という関心から 「作る」ことへとシフトしている印象を与える。 作家の眼が見ているものへと観客をかすかに誘う、ちょっとしたバイアスが 設けられているのだ。野菜という物そのものへの眼差しから、 野菜とそれを見る谷口の視点との_ずれ_に対する認識へと、移行している感がある。

彼の美術教育に対する興味ともあわせて、作品の展開は今後面白くなりそうである。 久しぶりにいろいろと話をすることも出来たし、次の展覧会が楽しみである。


Murata Ryoji - <ryoji@cc.rim.or.jp>
$Date: 1998/09/13$