Review [Index]
『リアル/ライフ ─ イギリスの新しい美術』 @ 東京都現代美術館 [美術展]

なんてこった。昨日はアーティスト・トーク、今日は講演会があったんじゃないか。 いまリーフレットをみて知った。くうぅ、チェックが甘かった。
と悔しがるのはこれがかなり面白かったからだ。今年後半の展覧会では (前半にどんなの見たかよく覚えていない…) 現時点では一番良かった。 特に興味を引いたものをいくつか。

Anya Gallaccio の「虹を追いかけて」は、浜辺の砂のように細かく研磨された ガラス粉を床に敷き詰めて、照明をあてたもの。見る角度によっては その粉の上にきれいな虹が浮かんでくる。砂のように見える粉の上面は、 妙に滑らかに反射して、一枚の薄いガラス板が載っているかのよう。 その透明感といい繊細さといい、とても美しい。

Georgina Starr の "Drivin' On" はおもちゃのような 真っ赤なオープンカーで、運転席の下に二つの穴があいている。 そこから地面に足を出して自力で地面をけって動かすようになっている。 その向うには彼女がこの車で町中を乗り回す(?)様子を写したビデオが流されている。 シートの後ろのスピーカーからは歌が聞こえる。 ビデオの中で駐車場に停めたりバックで出たりしながら、 終始ニコニコ歌を口ずさんでいる彼女は、やけに楽しそうだ。

Gillian Wearing のビデオ「サーシャとママ」は母親と、髪を捕まれて振り回される 若い女性の姿を逆回しで見せている。動きが方向性をもっていないので、 すぐに逆回しとは気がつかないのだけれど、それとわかった時には声の奇妙さにも 合点がいく。虐待を告発するというのでもなく、ユーモラスでさえある。 二人が肩を寄せあって笑っているショットが最初におかれているのは 和解への暗示だろうか。しかし、作品の上では暴力の最中に突然終りが来る。
「世界に歌うことを教えたいの」では花柄の服を着た女性たちが コカ・コーラ(!)の瓶を吹いて CM ソングを奏でている。分割された画面に 現れる彼女たちは平等で、そして交換可能な消費者と見えてくる。

記録写真ではあるけれど、Rachel Whiteread の「ハウス」もすごい。 ヴィクトリア朝時代のありふれた民家の内部をコンクリートで型取って、 民家の方は剥ぎとられている。建築空間のネガ-ポジ反転だ。文字通りの。 パブリック・アートとして制作されたこの作品は、残念ながら取り壊されたそうだ。

ヒステリーの女性患者と彼女を押えつける二人の男性の医者を写した映画を、 斜向かいに立てかけた二つの大きなスクリーンに、それぞれ違う速度で映し出して いたのが Daouglas Gordon の "Hysterical" だ。スローモーションで 写された方からは、「治療」とはどこか違った趣が感じられる。 まるで治療が暴力のように見えなくもないのだ。

視覚における無意識的なものが、カメラによってはじめて私たちに知られる。 それは衝動における無意識的なものが、精神分析によってはじめて私たちに 知られるのと同様である。
- Walter Benjamin "Das Kunstwerk im Zeitalter seiner technischem Reproduzierbarkeit," 1935-36[1]
神経症患者とスローモーションの組み合わせはこの「視覚的無意識」を思い出させる。

Sam Taylor-Wood の "Atlantic" はポスターにかっこよく使われていて 気になっていた。映画のような画質のビデオ作品だ。正面の壁に騒がしいレストラン、 左の壁には目に涙をためた女性、右の壁には男性の手元。 正面の映像の少し奥にこの男女がいるのが見える。 一つの場面をトリプティック(三幅対)の ような形式で映し出しているわけだ。場面を分割することは映画においては モンタージュでなされるのだけれど、ここではそれを空間に展開している。 二人の会話に耳を澄ませながら、同時にレストランの喧騒が耳に入ってくる。 モンタージュにはカクテル・パーティー効果のような側面もあるのだろうか。 会話の背景としてレストランがあるのではなくて、レストランのディティール として二人がいる。そう、あの人混みのなかのすべての人に、人生があるのだ。 互いが互いを背景としながら。

他にも面白い作品はいくつもあった。 どの作品も完成度が高いというか、とてもスタイリッシュだ。 またそれだけでなく、構造や形式がしっかりしていて強い。 さまざまなメディアを自由にあつかう美術が、 充分な成熟をむかえているように僕には思われた。 これからますます美術が面白くなりそうな、 そんな予感を感じさせてくれる作品群だった。


Murata Ryoji - <ryoji@cc.rim.or.jp>
$Date: 1998/10/11$