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蓮見孝『マルゲリータ女王のピッツァ ─ かたちの発想論』 [書籍-デザイン]

実際、一番大事なのはココロである。そりゃそうである。 でも、それだけではどこにも行けないし、何にもならない。だからそれが 語られることはそう多くない。それに、そんな話は照れ臭くてかなわない。
が、本書の著者は陳腐の寸前でデザインのココロについて語る。 やはりデザインの現場での実績からくる自信だろうか。

著者は現在は大学でプロダクト・デザインを教えている。 僕は単位のために彼の授業をとっていた。 あまり熱心な学生ではなかったけれど、折に触れて彼が語ったエピソードの幾つかは 鮮明に記憶に焼き付いている。本書は彼のネタ帳開陳と言って良さそうだ。 初耳だったのはタイトルになっているピッツァの話。

時は1886年、南北統一から間もないイタリアはナポリで、ピッツァが流行。 この下々のたべものに興味をもった女王マルゲリータは、さっそく注文する (「目黒のさんま」みたいな展開だが)。 女王の注文に応じて職人が作った 特製のピッツァはしかし、至極シンプルなものだった。

ピッツァの台の上に水牛の乳でつくった真っ白なモッツァレッラ・チーズをたっぷりと 敷いて、その上にバジリコの緑の葉と、真っ赤なイタリアン・トマトをのせただけ。 緑・白・赤の三色のあざやかな取り合わせは……もうピンときましたね。 そう! あのイタリア国旗です。
(pp.21-22)
ええ話や…。

そう、デザインにまつわる「ちょっといい話」が満載なのだ。ほかにも、 テレビが黒くてパソコンが白いのはなぜか? 伊勢神宮はなぜ20年毎に建て替えられるのか? 振動やノイズが最小限に押えられた最高級車が寂しいのはなぜか? などなど。

難しい話は最小限に抑えられ、わかりやすい実例を中心にしているので 専門家にはきっと物足りないだろう。後半の発想法の解説も、正直言ってそれほど 目新しいトピックスがあるわけではない。たぶん、もの作りを志す高校生くらいの 人が読むとちょうど良いのではないだろうか。 あるいはデザインは専門家にやらせておけば良い、 と考えている管理職のおじさんとか。
上級編としては _D.A.ノーマン『誰のためのデザイン?』 [1]_ あたりだろうか。

マーケティング・ストラテジーも結構だが、思いやりがデザインの基礎になっても 悪くはあるまい。 もう一節引用してみよう。

たとえば人を恋する時、切ない自分の思いを何とか相手に伝えようとして小さな プレゼントをパッケージに包んで送ろうとする、そのような日常的行為は まぎれもないデザインそのものなのですから。
(p.222)
読んでて気恥ずかしくなってくるけれど、なにかこう、グッとくるものがある。 こころ温まる、いちばんスウィートなデザイン論。
Murata Ryoji - <ryoji@cc.rim.or.jp>
$Date: 1998/10/28$