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July 17, 2005

美術資料情報の基本問題 - 名称

名称、またはタイトル、題名などと呼ばれる情報は、人間がモノを識別・同定 (identifiy) するのに最初の手掛りとなるものです。というか、普通我々は資料について話すときにそのモノの名前を使っているはずです。で、これがまた、よく考えると結構面倒なのです。

美術資料の名前というと普通「タイトル」とか「題名」とか言われるものが思いうかべられると思いますが、これは何でしょうか。近代以降の美術では、作者がタイトルをつけることが普通になったので (たぶん展覧会に出したりしはじめることと関わりがあるんでしょう)、作者がその作品を命名したときのその名前、がタイトルと認識されていると思います。これは結構みんな自分の好きなように名前をつけてますよね。伝統的には、絵画や彫刻の名前はそこに描かれた対象に基いてつけられています。西洋美術でもこれは同じ。

一方で、工芸品や建築の場合は、現代ではタイトルがつけられる場合もあるでしょうけれど (これも展覧会などの制度との関わりってあるんじゃないかと予想しますが)、「タイトル」とか「題名」とは違うかたちで名前がつけられます。建築の場合はその施設・組織から名前がつけられるでしょうし、工芸品の場合はそのモノの機能にもとづいて、どちらかというと一般名詞的に名前がつけられます。「織部焼角鉢」とかね。

このように一口に「名称」といっても、ミュージアムには固有名的な性質の「タイトル」と一般名的な「品名」とが併存しているのです。このあたりについて、CIDOC のガイドライン (CIDOC IC) では Object Name Information と Object Title Information とを区別していて、固有名と一般名をわけるべき、と示唆しています。一方、CDWA では Titles or Names という具合にこれは一緒にされていて、どのような名称なのかを Type を使って示す、という戦略です。日本美術の場合を考えると、そもそも西洋美術の伝統の枠組みでいうような Fine Art と Craft の区別が厳然としていないこともあって、日本美術的になされた命名をどちらか一方に分類するというのは無理があるように思います。「源氏物語絵巻」ならタイトルで、「初音蒔絵硯箱」なら品名すなわち一般名、というのはかなり違和感あります。じゃあ「初音蒔絵硯箱」はタイトルということでいいじゃないかとするなら、「火焔土器」はどうでしょうか。これをタイトルと呼ぶのはちょっとツライでしょう。でもその区別の基準はあいまいだと思います。

どのような名前なのか、という点も重要で、これは例えば「無題」または「Untitled」の扱いに影響します。ふたたび CDWA によれば、

Do not use the word Untitled as a title unless the work has intentionally been called Untitled by the creator.

といっていて、作者が「無題」とつけたのか単に題が不詳なのかが区別できなければいかん、というわけです。ごもっとも。

名称についてもう一つ問題なのは、その名称の Authority です。「その作品の正式なタイトルは何か」という問いがなされる場面ってあると思うのですが、「正式」ということで何を意味しているかというと、それは権威付けされた (Authorized) 名称をさしているわけです。たぶんこういう問いが期待しているのは「俗に <大ガラス> と呼ばれるデュシャンの作品の正式なタイトルは <彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも> である (またはそのフランス語の原題である)」というような答でしょう。これは作者がつけたタイトルですから、その権威の源泉として作者が想定されているわけです。では作者が名前をつけなかった場合にはどうか。これは後世の人が名前をつけることになります。たとえばコレクター、たとえば博物館、たとえば文化庁。博物館所蔵の品の場合、おそらく所蔵館がつけた名前が権威あるものとして期待されるでしょう。ところが、これが実は一定していないのです。名前がコロコロ変わる。

展覧会ごとに、あるは出版物ごとに、違った名前が使われてしまうことが多いのです。まず一番多いのは表記ゆれ。旧字・新字や送り仮名のあつかいが一つの館でも統一されてないことが多いです。つぎに表現方法。ある時は「阿弥陀三尊像」、別の時には「阿弥陀如来および両脇侍像」と呼ばれたりします。展覧会の性質によって表示する名称が違ってくることもあるでしょう。このあたりは担当者に一貫した名称を使用するという意識そのものがないことが原因になることも多いでしょうが、バリエーションはないけれども名前が変わる、というケースもあります。例えば従来「如意輪観音像」と呼ばれてきたけれども、イコノグラフィー的に間違いが判明して実は如意輪じゃなかった、ということになるかもしれない。作者だって名前をつけかえることがあります。初出展覧会のときには A というタイトルで出したが、後年 B として発表した、とか。

しかもこうして様々につけられた名前というのが、美術史的にというか、受容史的には面白いネタになるかもしれないでしょ? 特に昔、江戸時代とか室町時代とかに何と呼ばれてたかわかったりすると面白いことがありそうです。だから過去につけられた名前をあっさり捨てるわけにもいかないのです。あるいは過去の文献を元にして現在の情報を探そうとしたときに、過去の情報と何もつながりがなくなってしまうと困る。少なくとも名前くらいは辿れたほうがいいでしょう、と思うわけです。ということで、美術資料の名称は、一つのモノでも複数の名があり、それぞれの名はそれぞれ違った背景・コンテクスト・事情でつけられたもので、それがどのような名前であるのかがわかるのが大事、とまとめられるでしょう。つけ加えるならば、その名が確認できる典拠が示されるとなお良いでしょう。

ところで古美術の命名は慣習的に行われているのですが、文化庁で指定文化財につける名前のスタイルというのがあります。重要文化財とか国宝として指定され、その台帳に載る名前なので、これはわりに権威があると言えるでしょう。名前を決めるのにも、かなり議論をして決めると聞いています。がぁ、これがやたら長いんですわ。たとえば「紙本墨画淡彩四季山水図」とか、「白地葵紋紫腰替辻が花染小袖」とか。よーく見てもらえばわかるんですが、色 (白地)、材料 (紙本)、文様 (葵)、技法 (墨画淡彩、辻が花染)、主題 (四季山水)、形態 (小袖)、などなどの情報がつめこまれてるんです。名前を見れば、だいたいモノの様子がわかる、という意味で合理的ではありますが、ちょっと慣れないと馴染みにくいですよね。

投稿者 ryoji : July 17, 2005 02:07 PM

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コメント

ドナルドジャッド本人に、無題とつけてるのか、何もつけないとキャプションに無題と書かれるのか聞いたことがある。答えは適当にはぐらかされた。昨日川村で拝見。

投稿者 eeeee : July 19, 2005 02:15 PM

は、はぐらかすようなことなんでしょうか…。謎だ。

投稿者 ryoji : July 20, 2005 11:11 PM

無着色アルミ縦八連無底箱、みたいな。

投稿者 eeeee : July 26, 2005 04:37 PM

わはは。赤瀬川の模型千円札なら「紙本緑単色印刷千円札図模型案内状」とかですかね。やってみると案外難しいかも。

投稿者 ryoji : July 26, 2005 10:38 PM