キュレイターの 港 千尋 が入口近くに作品を展示しているのだけど、 後から考えてみると、あれが無ければ展覧会の印象は結構違っていたかもしれない。 マルチメディア・タイトル (というか Director ムービー) なのだけれど、 シャーマニズムとか降霊術とかのオカルト趣味なのだ。 こういう文脈では、発光するディスプレイは謎めいた水晶玉や後光に 替わるものになる。イメージはあの世から降臨してくるというわけだ。 メディアは背景を理解することの及ばない、この世ならぬ力と結びつけられる。 その非近代的なイメージがアジアと関連させられるのは、 あまり楽しい光景ではないだろう。
それでも面白い作品はいくつかあって、例えば韓国の
朴 和英 (Park Hwa Young) の "Facial Daily" がそうだ。
化粧した顔をティッシュペーペーに写しとった顔拓なのだけれど、
毎日行なわれていることが持つ制度性をユーモラスに映しだしていて楽しい。
"Daily Spin" の方はフィルムを円板の縁に貼りつけて回転させて、
その映像をプロジェクションするインスタレーションだ。ごくありふれた
光景を、映画の構造を斜にしたような仕掛けが眩暈のするようなものに
変えている。
張 大力 (Zhang Dali) の「グラフィティ」的な作品『破壊』では、 壁に落書きされた横顔にそって、その内側がぶち抜かれている。 落書きに留まらない、ありあまるパワーがやり過ぎていて良い。
やはり面白いと思えたのはオカルト趣味とはあまり関わりのない作品だった。 というか「映像」ともあまり関係なかいかもしれない。