やったもんがち芸術論
第10回

言葉

言葉はいらない、ただ感じればいいんだ、みたいなことは今でもよく耳にしますよね。 そんな占いじゃあるまいし、黙って座ればピタリとわかる作品ばかりでも ないんですが…。それはともかく、美術作品には言葉を多用したものや、 言葉でできてるものがあります。文字は眼で見るものですから、視覚に訴える 美術とは案外相性がいいようです。

ジョセフ・コスースというアーティストがいるんですが、彼は芸術にとって重要 なのは美しさではなく、興味深さだという意味のことを言っています。で、彼の作品 は言葉が大きな役割をもつものがほとんどです。初期には例えば椅子なら椅子の 実物、写真、「椅子」という言葉の辞書での定義を並べたものや、4色のネオンで 「FOUR WORDS FOUR COLORS」(その文自体が内容と一致してますね)と記した作品など を作っていました。また、サインボードのような広告媒体に広告ではない 彼の文章を掲示することで、社会の中での芸術の役割を探ったりしてました。

彼のような人物が美術をコムズカシクしてるとも言えますが、作品が 「対話を終わらせるのではなく、対話を始めるため」にあるのだとすれば、 受け手に考えさせる必要があるわけです。コスースに限らず、美術作品の中の 言葉は、そういう対話のとっかかりとして機能する場合が多いようです。

明和電機にも大規模に言葉を使った作品がありますよね。そう、『魚器図鑑』です。 この本は製品の説明というよりも、むしろ製品に寓話を与え、そこから受け手が 想像力によって意味を新しく作りだしていく、その過程のスタート地点を 用意したものだ、とも思えるのです。

(2000/7/27)


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Murata Ryoji - <ryoji@cc.rim.or.jp>